牛蒡はサクサクと身をそぎ
水にひたってあくを落す
ほうれん草は茹でこぼされ
あさりは刃物にふれて砂を吐く
私はどうすれば良い
ひたひたと涙にぬらし
笑いにふきこぼし
戦火をくぐらせ
人の真情に焙って三十年
万人美しく、素直に生きるを
このアクの強さ
己がみにくさを抜くすべを知らず
三十年
俗に「食えぬ」という
まことに食えぬ人間
この不味きいのちひとつ
ひとにすすむべくもなき
いのちひとつ
齢三十とあれば
くるしみも三十
悲しみも三十
しかもなおその甲斐なく
世に愚かなれば
心まずしければ
魂は身を焦がして
滅ぼさんばかりの三十。
石垣りん
「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」所収
1959