雨空を、すばらしい青空にする。角砂糖を、空から墜
ちてきた星のカケラに変える。五本の指を五本の色鉛筆
にして、風の色、日の色をすっかり描きかえる。庭にチ
ョコレートの木を植える。どんなありえないことだって、
幼いきみは、遊びでできた。そうおもうだけで、きみは
誰にでもなれた。左官屋にだって。鷹匠にだって。「ハ
ートのジャック」にだって。
できないことができた。難しいことだって、簡単だっ
た。遊びでほんとうに難しいのは、ただ一つだ。遊びを
終わらせること。どんなにたのしくたって、遊びはほん
とうは、とても怖しいのだ。
きみの幼友達の一人は、遊びの終わらせかたを知らな
かった。日の暮れの隠れんぼう。その子は、おおきな銀
杏の木の幹の後ろに、隠れた。それきり、二どと姿をみ
せなかった。銀杏の木の後ろには、いまでもきみの幼友
達が一人、隠れている。
長田弘
「深呼吸の必要」
1984