つたえてよ
風も雲もつたえてよ
女が ひとりここにいたと
歴史の風に吹かれていたと
吹かれ吹かれて 消えていったと
影ものこさず 匂いものこさず
一りんの薔薇よりも みじかくちいさく
生まれたことの おそろしさと
生きることの酷薄にも 細い首をもちあげて
うなだれることなく生き抜いたと
生きるにかなうひとつのことばを
空の太陽にかけようとして
投げつづけることのたたかいと
たぐりつづけることのたたかいに
飢え 渇き 飽くこともなく焼かれつづけて
ぼろぼろになって死んでいったと
洞窟のなかには
鍋も お釜も
髪の毛ひとすじも
なかった と
福中都生子
「やさしい恋歌」所収
1971