父の顔を粘土にてつくれば
かはたれ時の窓の下に
父の顔の悲しくさびしや
どこか似てゐるわが顔のおもかげは
うす気味わろきまでに理法のおそろしく
わが魂の老いさき、まざまざと
姿に出でし思ひもかけぬおどろき
わがこころは怖いもの見たさに
その眼を見、その額の皺を見る
つくられし父の顔は
魚類のごとくふかく黙すれど
あはれ痛ましき過ぎし日を語る
そは鋼鉄の暗き叫びにして
又西の国にて見たる「ハムレット」の亡霊の声か
怨嗟なけれど身をきるひびきは
爪にしみ入りて瘭疽の如くうづく
父の顔を粘土にて作れば
かはたれ時の窓の下に
あやしき血すぢのささやく声……
高村光太郎
「道程」所収
1911