トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです
吁! 案山子はないか ── あるまい
馬嘶くか ── 嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするままに
従順なのは 春の日の夕暮か
ポトホトと野の中に伽藍は紅く
荷馬車の車輪 油を失い
私が歴史的現在に物を云えば
嘲る嘲る 空と山とが
瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
自らの 静脈管の中へです
中原中也
「山羊の歌」所収
1934