ぶらんこ

       わたしが四十五になると
       うたうつもりの歌

・・・・ぎいこぎいこ たのしい風よ
かたむきのぼり かたむきくだる
海の白帆よ 漁師の村よ
つまりはこうさ わたしは惚れて
たましいぬけて

小さいナイフとぎすまし
手にきざんだが 少女のイニシャル
・・・・ぎいこぎいこ 傷口こする縄のおと
四十路のいまに思いだす

なつめを噛めば 少女をおもい
目にも絢なるころもをみても
・・・・ぎいこぎいこ たのしい風よ
たえ得ず書いた恋文さえも
崇拝きわまり 署名も得せず

つらいあまりのミステイフイカション
字体ですらもかえてあったが
・・・・ぎいこぎいこ たのしい風よ
ついに僕だと知れてしまった

いまでもほてるかやさしい耳よ
いまでもにじむか老いたる瞳
四十すぎての ぶらんこあそびも
・・・・ぎいこぎいこ 辷る白帆よ
少女しのべば 恥ともしない

少女がひとりと聞いてはおどろき
生活にいくらか衰えたなど
ましてや家を支え暮らすと
聞けばふさぐよ わがこころ

・・・・ぎいこぎいこ ゆたかな髪よ
靱い眉毛も 澄んだ瞳も
やさしいのどからふっくら噴きでる
すずしいすずしい天使の声音も
・・・・ぎいこぎいこ胸はずませて

おもうばかりでかなしいばかり
おもいあきらめ年月へたが
・・・・ぎいこ ぎいこ
    このために闇屋しかねぬわが思い           二十二年頃の「詩人」

富士正晴
「小詩集」所収
1957

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