ここでわたしよ、すこしの間

わたしよ、しずかに
いまはここにいて
いちばんたんじゅんな世界を想ってみよう

    ゆれている若木と
    ゆれている影と・・・

そこに立つユーカリの枝に
宇宙の清潔な時のかけらが流れつき
あらたに出発してゆくものたちの影が枝々から
いきおいよく跳躍している

    ゆれている梢の
    ゆれている葉むれの中から

空に向かって まばたく
千の眼があおあおと放たれ
地に向かって 数千の
こどくな脚がさらにふかくあたためられている
至福へのまぼろしが
丘の上に若いユーカリを立たせ
地上にとってそれは
とるに足りない<物語>であるにしても

いまはただ
たんじゅんな生命について考えていよう
ここから翔びたって果てから果てへ
おおきな渦を空に描き
さまよいつづけるわたしの鳥たちのために

ここでわたしよ、すこしの間
眼を閉じてさいしょに見えるものについてだけ
想っていよう
光と 雲と
やがてわたしの上にひろがり
やすらげてくれる緑の円蓋

<愛>という
観念について

新井豊美
「半島を吹く風の歌」所収
1988

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