タダでゆける
ひとりになれる
ノゾミが果される、
トナリの人間に
負担をかけることはない
トナリの人間から
要求されることはない
私の主張は閉めた一枚のドア。
職場と
家庭と
どちらもが
与えることと
奪うことをする、
そういうヤマとヤマの間にはさまった
谷間のような
オアシスのような
広場のような
最上のような
最低のような
場所。
つとめの帰り
喫茶店で一杯のコーヒーを飲み終えると
その足でごく自然にゆく
とある新築駅の
比較的清潔な手洗所
持ち物のすべてを棚に上げ
私はいのちのあたたかさをむき出しにする。
三十年働いて
いつからかそこに安楽をみつけた。
石垣りん
「表札など」所収
1968