二段ベッドは重ねた柩
低いほうは地に潜り
高いほうは宙に浮き
あいだに軋む水の音
これはただしい比喩?
それともまちがった比喩?
六月の夕暮れというのに僕は
上段ベッドに浮いたまま
胸のうえで両手を組んで
背筋をのばして目を閉じていると
このまま眠ってしまうのがこわくって
冷たい手が置かれる
熱い頬のうえに
叫ぼうとして
声が出ない
ただ吐く息が
天井と口のあいだで膨らんで
膨らんで
鼻と口をふさぐから
息がくるしくて動けない
きょう僕が授業中
ノートに夢の続きを描いていたら
隣の女子に見られてしまって
ハッとして目が合ったそのときの
怯えた顔が忘れられない
だから明日にはもう
僕はここにはいない
きっと今夜のうちに死ぬだろう
死ぬときはせめて
頭の芯がじーんと痺れて
そのまますべてを忘れるくらい
新鮮な瓶づめオキシドールを
胸いっぱい吸いこみたい
それから僕はあの森へ行く
森でしか会えない姉がいる
木立のとだえた日だまりで二人
蝶にたずねて野花を数える
シロツメクサ、ツユクサ
シシウドを這うカイツムリ
ところで姉はいつもこんなに白いワンピースで
夜のあいだはどこでなにしているんだろう
草むらに並んで寝ころびながら
いつも聞けずに横顔をのぞき見てしまう
「眠れないの? 目の下が蒼いよ」
「さむいな、ちょっとどっかへ行ってたみたい」
まぶたを開けたらまっくらだった
ベッドから降りて
キッチンへ水を飲みにいく
窓をあけると雨の匂い
暗闇のなか音もたてずに
水のとばりがじっとりとけぶって
重たい空気が押しよせる
これでやっと眠れるとおもう
ここは三階建十八世帯の棲む官舎
いまも柩のなかで水につつまれている
僕より年下の子どもがいて
きっと明日は
南岸の海のほうから晴れてくる
濡れた坂を
見知らぬ父さんが上ってくる
浜田優
「生きる秘密」所収
2012
「不眠」は浜田優様の許諾をいただいたうえで掲載しております。
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