一年生の新しい教科書の裏へ、私の名とともに、父が大正九年四月吉日と書いてくれたのを覚えている。その、吉日というのがいぶかしく、吉日という読み方と意味を、父から聞いたようにもおもうがさだかでない。
父は吉日という言葉が好きだったようだ。私へくれる手紙の日附はきまっていつも吉日だった。それが月のはじめでも終りでも、三月吉日、五月吉日、十月吉日というふうに。生母を早く亡くした父は幼い日から苦労をしたようだし、私の知っている後半生も決して幸せなものではなかった。
キチニチ、キチジツ、──私の使っている辞書にはこう出ている。めでたい日。よい日がら。物事をするのに良い日。
友達の娘が小学校へ入学したお祝いに、私はこころばかりの贈物をし手紙を書いた。その手紙の終りの日附に私は四月吉日と書いた。四月一日でも、四月二日でもなく、その時の私の気持は、どうしても四月吉日でなければならなかったのだ。
大木実
「蝉」所収
1981