働かざるもの食うべからず

ぐうたらで、不平家で、ろくでなしで、腹へらし。
木の頭、木の手足の操り人形だった、ピノッキオは。
顔のまんなかに、先もみえないほどの長い鼻。
耳はなかった。だから、忠告を聞くことができなかった。

悪戯好きで、札つきの横着者で、なまけもの。
この世のありとあらゆる仕事のうちで、ピノッキオに
ほんとうにすばらしいとおもえる仕事は、ただ一つだった。
朝から晩まで、食って飲んで、眠って遊んでという仕事。

勉強ぎらい、働くこと大きらい、できるのはただ大あくび。
貧しくてひもじくて、あくびすると胃がとびだしそうだ。
けれども誰にも同情も、物も乞うこともしなかった。
食べるために働くひつようのない国を、ひたぶるに夢みた。

この世は性にあわない。新しいパン一切れ、ミルク・コーヒー、
腸詰のおおきな切り身、それから砂糖漬けの果物。
巴旦杏の実のついた甘菓子、クリームをのせた蒸し菓子、
一千本のロゾリオやアルケルメスなどのおいしいリキュール。

それらを味わいたければ身を砕いて働けだなんで、
ぼくは働くために生まれてなんかきたんじゃないや。
腹へらしのなまけものの操り人形は、ぶつぶつ言った。
まったくなんで世の中だろう。稼ぎがすべてだなんて。

こころの優しい人があわれんで、パンと焼鳥をくれた。
ところが、そのパンは石灰で、焼鳥は厚紙だった。
服を売って、やっと金貨を手に入れて、土に埋めた。
水もどっさり掛けたが、金貨のなる木は生えなかった。

胃は、空家のまま五カ月も人が住んでない家のよう。
それでもピノッキオは言いはった。骨折るのはまっぴらだ。
操り人形が倒れると、駆けつけた医師はきっぱりと言った。
死んでなきゃ生きてる。不幸にも生きてなきゃ死んでいる。

*コッローディ「ピノッキオ」(柏熊達生訳)

長田弘
食卓一期一会」所収
1987

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