三階の窓

窓のそばの大木の枝に

カラスがいっぱい集まってきた

があがあと口々に喚き立てる

あっち行けとおれは手を振って追い立てたが

真黒な鳥どもはびくともしない

不吉な鳥どもはふえる一方だ

おれの部屋は二階だった

カラスどもは一斉に三階の窓をのぞいている

何事かがはじまろうとしている

カラスどもは鋭いクチバシを三階の部屋に向けている

それは従軍カメラマンの部屋だった

前線からその朝くたくたになって帰って

ぐっすり寝こんでいるはずだった

戦争中のラングーンのことだ

どうかしたのだろうか

おれは三階へ行ってみた

カメラマンはベッドで死んでいたのだ

死と同時に集まってきたのは

枝に鈴なりのカラスだけではなかった

アリもまたえんえんたる列を作って

地面から壁をのぼり三階の窓から部屋に忍びこみ

床からベッドに這いあがり

死んだカメラマンの眼をめがけて

アリの大群が殺到していた

 

おれは悲鳴をあげて逃げ出した

そんなように逃げ出せない死におれはいま直面している

さいわいここはおれが死んでも

おれの眼玉をアリに襲われることはない

いやなカラスも集まってはこない

しかし死はこの場合も

終りではなくはじまりなのだ

なにかがはじまるのである

 

高見順

死の淵より」所収

1963

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