星が二銭銅貨になつた話

 ある晩、プラタナスの梢をかすめてスーと光つたものが、カチンと歩道に音を立てた。 ひろつてみると星だ。
 これはうまいともつてかへつた。
 あくる朝、気がついてポケツトをさぐつてみると、ピカピカしたその年の二銭銅貨が出てきた。
 びつくりして先生のところへかけつけた。
 先生は「それは尤もだ」と云ふ。
「どうしてです?」
「きかせよう」先生はむきなほつた。
「──君のからだでも帽子でも、又このテーブルでも、すべてのものはモレキユールといふ小さい粒からできてゐる。その粒をこはすと、それはもつと小さいアトムといふ粉になる。そのアトムをこはすとさらにエレクトロンといふ粒になる。これがおしまひ。で、つまりこのエレクトロンがどういふ重り方をしてゐるかといふことによつて、さまざまな物の区別が出来るので、だから星が二銭銅貨になつても決してをかしくない」
「ぢや、別に二銭銅貨にならなくても、マツチでも、銭砲玉でもかまはないわけぢやありませんか?それになぜ二銭銅貨とかぎつてゐるのでせう」
「そこが君、選択の自由ぢやないかね」
「そんなことを云つたらムチヤクチヤです」
「さうともムチヤクチヤだよ。一たい君、星をひろつて、それが一晩のうちにもう造られてゐない今年の二銭銅貨になつたなんて、そんなムチヤな話があるかね」

稲垣足穂
「稲垣足穂詩集」所収
1925

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