恐怖

どしり、どしりと地ひびきして、
何処からか何か来る。

画室の内は昼間よりも明るく蒼白い光りが漲つて、
はだかの女は死んだやうにねてゐる。
ギアランス。カドミウム。ナアブル。コバルト。ウウトルメエル。
そして、にちやにちやと──ああ気味のわるい──真赤な血のいろ。
画筆をもてば、ぷすりと何かがつきぬきたく、しんしんと歯が病める。
たぎり立つ湯は、湯の玉を暖炉の上に弾かせ、
時計はけろりと魔法使ひの顔をして、
高い天井の隅に歯ぎしりの音。
たしかに己は女をころした。
流れてゐるのはたしかに血だ。
どろり、たらたらと、あれ、流れる、落ちる。
血だ。血だ。
ああ、さうよなあ。
いつそ、手も足も乳ぶさも腸もひきちぎつて、かきむしつて
布の上にたたきつけようか。
眼がくらくらして来た。
咽喉がえがらつぽい。
血だ。血だ。
はだかの女はまだねてゐる。
戸の外は闇だ。風がふく。
己の手に何かついてゐる。
しかし、己は今画をかいてゐたに違ひない。悪い事をした覚えはない。毛頭ない。
が、何だらう。

どしり、どしりと地ひびきして。
何処からか何か来る。何か来る・・・・

高村光太郎
高村光太郎詩集」所収
1911

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