まっさらな舌
どんなことばの欠けらものせたことがない
どんな食物もあじわったことがない
うまれたばかりのま新しい舌
それら聖なる純白の舌千の舌万の舌
なにかとてつもない予言を発するにふさわしい
それらうまれたてのきよらかな舌よ
白くすきとおってやわらかいその舌たちは
この世にうまれてほんの数分で脱けおちてしまうので
うみおとす当の本人さえみたことはないのだけれど
ねえ母さん
つぎからつぎへとうまれてきて
こっそりときえていく
あれらまっさらな舌たちは
いったいどこにいるのでしょうね
すりかえられた舌ともしらずわけしりがおに
鴨のオレンジ・ソースなどうれしげに食べている
どんな痴れ言だってぬけぬけといいとおしてみせる
わたしたちの舌のどこかに
かすかにあのまっさらのすきとおった
ついに一切から不可蝕のまま
消えていった舌たちへのうしろめたさがのこっていて
それで時々
ひとはぴったりと心よりそったつもりのおしゃべりの最中
とりつくしまもなくふいにこわばる舌の上で
ことばのつぎほ見失ったりするのではないでしょうか
征矢泰子
「花の行方」所収
1992