きれい好きな掃除女のぬれ雑巾のやうに、『時』は、すぐさま
僕らのしたあとを拭ひとる。皿をなめとる野良犬の舌のやうに、
うまいあと味をのこす暇がない。すばやくこころにしまひそこなつたら、
それこそしまひまで、僕らの人生は無一物だ。仕掛花火のやうにみてゐるひまに
僕らの目の前で蕩尽される人生よ。花火を浴びて柘榴のやうに割れた笑はふたたび闇に沈み、
今夜のできごとは、一まとめにして、投込み墓地に
葬られる。歪れた手足も、くひしばつた歯も、ぬれた陰部も、
決してうかびあがらないのだ。痕跡すらも、世界に、おぼえてゐるものはないのだ。
金子光晴
「鮫」所収
1937