白い毛糸の頭巾かぶつた私の小さいまな娘は
今朝もまた赤い朝日を顔に浴び、
初霜にちぢれた大根畠のみどりを越えて、
十一月の地平をかぎる箱根、丹沢、秩父連峯、
それより遠い、それより高い富士山の、
雪に光つて卓然たるを見にゆきます。
私の腕は彼女をつつむ藤色のジャケットの下で
小さな心臓のをどつてゐるのを感じます。
私の眼は
空間のしずくよりも清らかな彼女の瞳が、
ものみな錯落たる初冬の平野のはて、
あのれいろうとして崇高いものに
誠実に打たれてゐるのを見てとります。
朝の西風のつよい野中で
まあるく縮まつて幼い感動を経験してゐる
ちひさな肉体、神秘な魂、
その父親の腕に抱かれて声をも立てぬ一つの精神。
私のかはゆい白頭巾よ!
武蔵野うまれ、われらの愛児、
西も東も見さかひつかぬこの小娘を
私は正しく育てて人生におくる!
尾崎喜八
「曠野の火」所収
1927