登攀

うすよごれた鋲靴の踵を支点に
ピトンを打ち込む
その岩壁には ねむるべき石も
休むべきテラスもなかった
ぼくらをいまこんなに垂直にするものは
なんであろう
くろずんだハンマーを握り
ザイルを腰にまきつけ
ぼくらをいまこんなに薄明に近づけるものは

──山がそこにあるからだ
と 見知らぬ一人の登攀者は語ったが

あの雪渓と雷鳥のねむりはぼくらの渇き
霧にまかれ
きれぎれの雲をくぐり
おお そのながい苦痛のあとに
今行手に 一つの大きな夏がやってくる

ぼくは思う ふいにぼくの生涯が墜落する
この薄明のなかの
それは荒々しい季節の予感なのだ
と──

秋谷豊
「登攀」所収
1962

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