もしもそのときがあるなら
胸騒ぎを押さえている
もしもそのときがあるなら
ぼくも疾風になって行くことができるだろうか
暗いガラス窓には
ぼくを見つめる二つの目が光っている
陽子はくろずんだ瞳をようやく閉じ
もしもそのときがあるなら
そんなことはありえないという
吐息に近い願いのむこうがわで
束の間の哀しい睡りについている
ティッシュペーパーに手をのばし
タンが出るときの用意を忘れていない
もしもそのときがあるなら
ああそれっきりだ
もしもそのときがあるなら
胸騒ぎを押さえている
胸騒ぎではない
すでに知らされていることだ
さからっているから
胸騒ぎになるだけだ
暗いガラス窓には
ぼくを見つめる二つの目が光っている
もうどうしようもないのに
凋むまいと
あきれるほど
大きな眼に
なっている
倉橋健一
「藻の未来」所収
1997
「もしもそのとき」は倉橋健一様の許諾をいただいた上で掲載しております。
無断転載はご遠慮ください。