なにをかくすことがあろう
鬼たちのふるさとは此処だった
母たちのやわらかくまろい乳房のうしろ
ひそかにふかくかくされた冥い迷妄の陥穽
なにを愧じることがあろう
母になることは鬼になること
母たちが母たちであるかぎり
鬼たちはいつもそこ 母たちの乳房のうしろ
うまれては死に死んではうまれて
ほそぼそとしつように
おもいわずらいの瘴気吐きつづけ
はりめぐらしたあやめもしらぬ闇のなか
母たちを犯しつづけて棲んでいた
いまようやく
身も心も独り立っていった子らが
わたしの掌のなかにのこしていった
休火山のようにしずかな乳房
ああ ついきのうまで 母だったのかわたしも
征矢泰子
「すこしゆっくり」所収
1984