頭蓋骨の割れ目を馬車は走つた
馬の顔には大きな眼孔がぽつかり開いてゐる
闇の中へ馬は足を上げてゐる
馬車の中には女の死体があつた
お腹には赤んぼの大きな瞳が見開かれてゐた
小さな手足はしつかり握られてゐた
私の寝台からは毎朝黒リボンの馬車が走り出す
私の食事からは朝毎に墓場のオルガンが鳴らされる
彼の女は父を忘れてゐる子供を生む
彼の女の蒼い顔は血管の中へ銀貨を流し込む
生活は飯にコロロホルムをかけてゐる
如何に月末を苦しまふと銀貨一枚鼠がくはえて来て呉れはせぬ
消費された女のお湯銭代と私の食費代を
誰に借りに行つたらいゝのか
天井がぬけて落ちさうな部屋に何物も期待するもの無く
広げられた新聞の広告欄には
「近来類似品や模倣品が沢山現れてをりますからお注意下さい。」
新聞紙をめくり向ふへやつて
この埃つぽい部屋に骸骨のやうに寝てゐる
ザク————ザク————ザク————ザク
また借金取りの足音が近づいて来る
萩原恭次郎
「死刑宣告」所収
1925