汗ばんだあなたの裸身を両手でだきしめるとき。
わたしはのこされた最期の現実に触っているのだ。
もっと多くのものに触りたい手のさびしさは。
氾濫するうつつの映像にただむなしくさしのべられて。
さわれないうつつ、ふれあえないうつつ。
こんなにもたえずいっぱい見つづけながら。
その指先はけっしてとどかないうつつは。
鏡の中にとじこめられている。
目ざめても目ざめてもまるでなおゆめのつづき。
のようなこの日々のよそよそしさは。
少しずつたましいをやせほそらせてゆく。
溺れても溺れても濡れない海の中で。
生きているうつつにさわれないでなお生きていく。
身体はどこまでたましいを生かしつづけることができるだろうか。
どれほどにはげしく、どれほどに深く。
あなたに触りつづけたとしても。
一人のあなたでは世界はまずしすぎるとしたら。
征矢泰子
「花の行方」所収
1993