昼の駅

あれは夏の電車 記憶のかなたから陽炎のゆ
らめきをつっ切って 昼のホームに入ってく
る わたくしは乗れない 乗るには疲れすぎ
ている 電車の扉があき しまる でていく
電車の窓から 少女のわたくしが手をふって
いる 行ってしまった 逝ってしまった過去
に再会するために ひと茎の水草の想像力を
もった人が また一人 昼の駅に集まってく
る 水辺を失った水草の中を黒アゲハがゆっ
くりと羽ばたくけれど キミが卵を生みつけ
られる想像力などここにはないんだよ 補虫
網を持つには この駅に立ちつくす人は疲れ
て重すぎる 水草どうし手を広げると 夏の
電車の蜃気楼 誰も乗れない電車が音もなく
ホームに入ってくる 誰もが乗りたいのに 
切符は水草の汁でビトビトに溶けていく わ
たくしも溶けた切符を手にぼんやり電車を見
送っている 窓から少女だった頃のわたくし
が かろやかに笑いながらやはり手をふって
いた ホームの外の街は反射光で何も見えな
い 街があったのか どの道をたどってここ
に行き着いたのか わからずに ここにいる
この昼の駅でホームのはしっこにつったった
まま どこにも行けずに ここにいる

こいけけいこ
「月と呼ばれていたとき」所収
1991

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