長いあいだ
男の家に
海に棲まない魚が住みついていた
帰宅どき
男は
軒先から
家の奥ふかく太い網を打つ

潮の匂いを抜きとっても
毎夜
白い腹をみせ
激しく網に挑む魚よ
いつかは 網を食いちぎり
台所の壁にそって這いのぼり
天井を伝って
男を追っていくのか

今夜の夢はきりきりと疼く
網の重みに崩れかかった窓から
明りが洩れ
魚の鱗が光を浴びて
炎をあげている

身仕度をととのえた人を
夜の町に手放したあと
私は深い沼の底に沈んでいった

氷見敦子
「石垣のある風景」所収
1980

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