キリストに与へる詩

キリストよ
こんなことはあへてめづらしくもないのだが
けふも年若な婦人がわたしのところに來た
そしてどうしたら
聖書の中にかいてあるあの罪深い女のやうに
泥まみれなおん足をなみだで洗つて
黒い房房したこの髮の毛で
それを拭いてあげるやうなことができるかとたづねるのだ
わたしはちよつとこまつたが
斯う言つた
一人がくるしめばそれでいいのだ
それでみんな救はれるんだと
婦人はわたしの此の言葉によろこばされていそいそと歸つた
婦人は大きなお腹をしてゐた
それで獨り身だといつてゐた
キリストよ
それでよかつたか
何だかおそろしいやうな氣がしてならない

山村暮鳥
風は草木にささやいた」所収
1918

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