男は
鯛の生きづくり
と 注文した。
鯛はありませんが
鰈ならあります
と 店員が答えた。
運ばれてきた皿の上で
口を天井に仰向け
自分の姿態をスカートのようにひろげてみせた魚。
ひらかれ そがれ 並べられた
白く透きとおるほどの身の置きどころ。
お酒をやると喜びます
店員が言った。
男がとっくりを手に
魚の口から酒をそそぐと
パクッとうごいた。
もう一口!
連れの女もまねた。
それから互に杯を傾け合った。
酒は半身の冷たい絶壁を
骨づたいに
熱く 熱く 落ちて行った。
――まだ生きている。
石垣りん
「やさしい言葉」所収
1984
先日、岩波文庫で『石垣りん詩集』を買ったのですが、この詩は入っていませんでした。残念です。おもしろい詩だと思います。