五月には
私は帰らなければならない
今の仙台の病院から故郷へ帰って
私の犬へ予防注射をしてやらねばならない
私の犬は雑種のまた雑種であって
大変みにくくてきたない犬だから
誰も注射に連れて行ってくれる人はいないのだ
父でも母でも妹でも
およそ私の恋人でもそれだけはできないのだ
犬はもともと野良犬だから
私を忘れてしまっているだろう
私を忘れてしまって何処ともあてもなく
さまよい歩いているだろう
私は私の犬のさまよい歩く処なら
ちゃんと知っているのだ
それは世界のめぐまれない隅や
またきたないたまり場や
およそ野良犬として人に好かれない処など
おろおろおろおろ歩いているのだ
だがそういう犬ならば
人は誰でも持っているのだ
持っているから人は何処へ行っても何処にいても
あってもなくてもせつなく故郷を思うのだ
村を離れれば村のことを
国を追われれば国のことを
五月は私のそういう時なのだ
私の犬に私ひとりだけしかできない
私の犬が狂ってしまわないように
注射をうってやらなければならない
時なのだ
村上昭夫
「動物哀歌」所収
1967