水辺

わたしは水を通わせようとおもう
愛する女の方へひとすじの流れをつくつて
多くのひとの心のそばを通らせながら
そのときは透明な小きざみで流れるようにしよう
うねうねとのぼつていく仔鰻のむれを水の上に浮かべよう
その縁で蛙はやさしくとび跳ね
その岸で翡翠は嘴を水に浸すようにしよう
この水辺の曙は
まだだれも歩いたものがないのだから
ひと知れず愛する女をそこに立たせよう
もし女が小さい声で唄いはじめたら
わたしは安心して蝉の鳴いている水源地へ歩いていこう

嵯峨信之
「愛と死の数え唄」所収
1957

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