戦後  ─ 1946年 ─

ぼくは 飢える
ぼくは 買出す
ぼくは 警官の眼をくぐる
ぼくは 並ぶ
ぼくは 車輌にぶらさがる
ぼくは リュックを背おう
ぼくは 身体が蝉のぬけがらのようにかさかさになる
ぼくは センカ紙の本をひろげる
ぼくは 芋の尻っぽを食う
ぼくは 腕いっぱいに大根をぶらさげる
ぼくは 服がすりきれる
ぼくは 靴が焼け跡にやぶれる
ぼくは 足が筋肉の運動だけになる
ぼくは 神経が意のままにならなくなる
ぼくは 女優の裸体のポスターにふるえる
ぼくは 性欲がとがる
ぼくは 勃起する
ぼくは 痙れんする
ぼくは 射精する
ぼくは 不能になる
ぼくは 防空壕に腰をおろす
ぼくは 暗い
ぼくは 眠りにつきはなされる
ぼくは ひとりだ
ぼくは ひとりの群衆だ
ぼくは いつも食卓の夢だ
ぼくは ぼろの袖口を噛む
ぼくは それを呑みこむ
ぼくは 舌なめずる
ぼくは 鼻をならす
ぼくは 唾液だ
ぼくは 犬のようだ
ぼくは おあずけだ
ぼくは 飢えそのものだ
ぼくは 示威に登録にゆく住民だ
ぼくは 叛乱に登録にゆく住民だ。

木島始
木島始詩集」所収
1953

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