リスを見たことを
得意になって言うではないか
枝から枝へ渡ったリスを見ただけで
その手は新らしい棒をにぎり
その目はおさな児のように燃え
その口はまだ聞かなかった声をあげ
烈しく息さえ切らして迫ったではないか
だがそれでもなお
リスはつかまらなかったろう
リスは薄日のさす木の枝から次の木の枝へ
隠れては現われして捕え難い思惟のように
姿を消してしまったろう
だから言っておく
私には分るのだ
リスは極く小さないきものなのだ
リスを追うのに
棒などをふりまわすものではない
徒党をくんで追うものではない
リスは夜不思議な星がまたたく時刻に
素手でとらえるものなのだ
争いや疲れを癒した夜のてのひらに
やわらかくいだくものなのだ
いだいたならまた未知の明日のなかへ
さようならと離してやるものなのだ
あのリスの目と
ふさふさした尾のなかに
隠し絵のような世界があるのだ
村上昭夫
「動物哀歌」所収
1968