無題

夢の中の自分の顔と言ふものを始めて見た
発熱がいく日もつゞいた夜
私はキリストを念じてねむつた
一つの顔があらわれた
それはもちろん
現在私の顔でもなく
幼ないときの自分の顔でもなく
いつも心にゑがいてゐる
最も気高い天使の顔でもなかつた
それよりももつとすぐれた顔であつた
その顔が自分の顔であるといふことはおのづから分つた
顔のまわりは金色をおびた暗黒であつた
翌朝眼がさめたとき
別段熱は下つてゐなかつた
しかし不思議に私の心は平らかだつた

八木重吉
貧しき信徒」所収
1927

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