<世界に深入りしたくない>
と言った さびしいひとは
逃げて行った たぶん
もうひとつの ”世界”のはうへ
深入りする まさにそのことが
わたしには いちばんまぶしい
願ひだったのに
ガラス扉にさへぎられて
黄金の葉ずゑが光り
”世界”は音もなく溢れつづけ
そのふちに ゆれながらふみとどまって
そしていま たうとう深入りできたよ! と
つぶやきながらガラスを破る
わたしに 待ってゐた風が流れこみ
(掌の傷を舐めながら)
逃げて行ったひとに
電話をかける
<死んだあとの 幸せの味は
いかがですか
こちらやっと不幸
まだ 肥りすぎてゐないなら
会ひませう いちど>
吉原幸子
「夜間飛行」所収
1978