マダム・レインの子供

マダム・レインの子供を
他人は見ない
恐しい子供の体操をするところを
見たら
そのたびぼくらは死にたくなる
だからマダム・レインはいつも一人で
買物に来る
歯ブラシやネズミ捕りを
たまには卵やバンソウコウを手にとる
今日は朝から晴れているため
マダム・レインは子供に体操の練習をさせる
裸のマダム・レインは美しい
でもとても見られない細部を持っている
夏ならいいのだが
雪のふる夜をマダム・レインは分娩していたんだ
うしろからうしろからそれは出てくる
形而上的に表現すれば
「しばしば
肉体は死の器で
受け留められる!」
球形の集結でなりたち
成長する部分がそのまま全体といえばいえる
縦に血の線がつらなって
その末端が泛んでいるように見えるんだ
比喩として
或る魚には毛がはえていないが
或る人には毛がはえている
それは明瞭な生物の特性ゆえに
かつ死滅しやすい欠点がある
しかしマダム・レインの所有せんとする
むしろ創造しようと希っている被生命とは
ムーヴマンのない
子供と頭脳が理想美なのだ
花粉のなかを蜂のうずまく春たけなわ
縛られた一個の箱が
ぼくらの流している水の上を去って行く
マダム・レインはそれを見送る
その内情を他人は問わないでほしい
それは過ぎた「父親」かも知れないし
体操のできない未来の「子供」かも知れない
マダム・レインは秋が好きだから
紅葉をくぐりぬける

吉岡実
サフラン摘み」所収
1976

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