寒い。
わかい歯科医のもとへ 一句
「歯石はづす 夜の皓さに
睫毛鳴る」とかき送つて
その夜、まつしろいものに埋つて寝た。
寒い。
青い視野の奥のはうで
鵞ペンは、わたしの鵞ペンは寝たやうだ
行燈まがひの卓上電気も もはや 眠つたらしい
それから わたしの子供も 句帖も。
ところで
のこつた、眠らないのがただひとつ
膨らんで阿呆のやうな、きたならしい、このひだりの胸の哀求律。
寒い。
夜のからんからんに乾いた空気の、その底で
うつかり 咳をとりおとすと
発止!
それは青く火を発して 鳴つた。
高祖保
「雪」所収
1942