何だかとてもおこりながら
すたすた歩いて行くおかあさんのうしろから
中学に入ったばかりかな? 女の子が
重い鞄をぶらさげて
泣きながらついて行く
ときどき振り向いて
いいかげんにしなさいと
おかあさんは叱るけれど
悲しみは泣いても泣いても減らないから
やっぱり泣きながらついて行く
あんなにおおきな悲しみが
あんなにちいさな女の子に
あってもよいものだろうかと
とあるビルからふらりと出て来た
男のひとがかんがえている
そのひとはね ちいさいときに
とても厳しいおかあさんがいて
男の子は泣くものではありません! て
あんまりたびたび叱られたものだから
いつも黙っている 怖い顔のひとになっちゃったんだ
そのひとは(怖い顔のままで)
きみのうしろ姿を見ていた
それから
黙ってきみに呼びかけた
振り向いて ぼくを見てごらん!
涙でいっぱいの まっ赤な眼で
もちろんきみは振り向いて
黒々と立っている 見知らぬひとを見たのだけれど
そのひとが 黙ったまま
こう言ったのは通じただろうか
もうだいじょうぶだよ
なぜだかぼくにもわからないけれど
きみはだいじょうぶだとぼくは思うんだ
でも泣きたいときにはたくさん泣くといい
涙がたりなかったらお水を飲んで
泣きやむまで 泣くといい
辻征夫
「鶯─こどもとさむらいの16篇」所収
1990