孤独が 孤独を 生み落す
ごらん
ようやく立てたばかりの幼児の顔の
時として そそけだつような寂しさ
風に 髪なんぞ ぽやぽやさせて
孤独が 孤独を 生み落す
子の孤独が孵って一人旅立つ
親の孤独がその頃になってあわてふためくのは
笑止なはなしである
厖大に残された経文のなかに
たった一箇所だけ
人間の定義と目されるところがあり
<境をひくもの>とあるそうな
ずいぶん古くからの認識だが
いまだにとっくり呑みこめてはいない
それはとどのつまりではなく
そもそもの出発点
もぐらは土のなかで生き
さくらはふぶく
渡り鳥は二つのふるさとを持ち
海はまあるくまるく逆巻かざるをえない
人間に特有の附帯条件もまたあろうではないか
茨木のり子
「自分の感受性くらい」所収
1977