私が豆の煮方を工夫しこげつきにあわてているひまに
あなたは人間の不条理についてお考えです
私が小さい物たちのあすの運動着のことや
あかいピン止めも買ってやろうかと財布をのぞいて迷っている時
あなたは我々の共通の運命についてお思いなさり
あなたは磁石の接近で一時に整頓する鉄砂のように
すべての事が解決できるとお思いです
私が小さい乳母車を押して
道のでこぼこに行き悩むとき
あなたは力強い回転で雪をはねとばすラッセル車のように
いつも物事を解決される
私のみみっちいのは 女の生まれつきか
腕の力がちがうのか 心の力もちがうのか
それでも私は自分のあり方でしか行けず
私は地面を刺繍するように一歩ずつしか進めない。
きっとあなたは遠い遠いことをお考えなさり
でも私は自分の小さい針で
こころこめて刺すことしかできないのです。
それは不要のこと甲斐のないムダでしょうか
あなたを補ってはいないでしょうか
もしか三月、葡萄の木の根元をたがやし
よい土入れをしてやるように──
そして五月、みのりすぎた実をまびいて
一粒ずつを大事に大きくするように──
熟れゆく葡萄はそのことをいつも喜びはしないでしょうか
永瀬清子
「あけがたにくる人よ」所収
1987