光る魚、百円硬貨がいく枚か

やえさん?でしょう
(レールの)白く光っている川のむこう岸
すこし離れたところに立っているそのひとはやえさん、だと思う
やえさんの
みじかく刈り上げた
ふわふわした銀髪がちらっと見えて
ちいさい足元にまとわりついているちいさい影
(そこ)
(いつか長身のナミザキさんの立っていた場所に近いところ)
ナミザキサーンと呼んだ記憶の
声のひびきが水に落ちた小石
波紋になって音の輪をひろげていった
あかるい水底にやえさん
ではなくナミザキさん
ではない石 白い石がころんと落ちていて
ひかるレールが二本 頭上を走っていった
三十五日前の彼岸の大雪
三十日前の桜の満開
十五日前の八重桜
いまは新緑のまぶしい筒の中を湧き立っている樹々のセクス
こずえの先まで
みずのながれ
みずのながれ

きっと無限のいのちのながれがそこから
光の泡になってはじき出されていて
ぽん ぽん
ぽん ぽん
かるくかるく
やえさん空にかえってゆくのですか

四月二十七日。
 ヨコスカ市に住む八十二歳の江川八重さんは、妹さんの三回忌にひとりで上京。(妹さんのご家族が東京のどこかにいるのでしょう)連休前の混んだ電車の中で外人の女のひとに「ドーゾ」と席を譲られる。
嬉しかった八重さんのはにかんだ笑顔
外人の女のひとの白い肌の笑顔
が市井の 井戸の底にのぞかれるありふれた
ブリキの星々になって

今日の朝刊の、
「声」の、

水底に一瞬
光る魚
百円硬貨がいく枚かサイフからこぼれ落ちていた
腰骨の中に沈んでいる
まあるく硬い金属の冷たさに
指をふれ
ぎざぎざの端をまさぐる まさぐる
(これは手帖、これはシャープペン、これはティッシュ、これは鏡、口紅のケース、封を切っていない手紙、鍵)
掃きよせられた光が
小魚のかたちに群がっている影を踏んで
ドア の黒い鍵穴のひとのかたちへ流れこむ

ひとにぎりのにごりが
しずかに沈殿してゆく

新井豊美
「半島を吹く風の歌」所収
1988

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