それは光のように透明で
幻のようにとらえがたく
実態はあっても型を持つことはない
手のひらに掬えばただの水なのに
空の下に置くと
いつの間にかあふれ出ようとしている
近づくと見失うが
はなれているときには
よしきりがキリキリ鳴き
さざ波の寄せてくる水の風景が
ほとんど愛という
至上の言葉に思えたりするから
最初のかなしみに似たその葦の岸辺に
わたしはくり返し戻りつづけるのだろう
某月某日
その河の長い橋を渡り水郷に入る
変貌する町まちの上空を
旋回する白い風も
光る葉先まで ひとり
かえってゆく
新井豊美
「半島を吹く風の歌」所収
1988