冬の時計

ミルクを温めるのはむずかしい
青いガスの火にかけて
ほんのすこしのあいだ新聞を読んだり
考えごとをしていたりすると
たちまち吹きこぼれてしまう

そのときのぼくの狼狽と舌打ちには
いつも
「時間を見たぞ」
「時間に見られてしまったな」
という感覚がまざっている

ミルクがふくれるときの音って
じつに気持ちがわるい
と思いながら急いでガスの栓をひねったときはもう遅い
時間は
ゆうゆうと吹きこぼれながら
バカという
ぼくも思わずかっとして
チクショウといい返す

きょうの石鹸はいいにおいだった
なるほど
きのうのヒステリー
あしたの惨劇
みんな予定どおりというわけか
冬の時計が
もうじき夕方の六時を打つ

北村太郎
「ピアノ線の夢」所収
1980

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください