私は知らぬ間に
池のほとりに立っていた
そして いつのまにか
海辺の白い砂の上で足を濡らしていた
私が 池のほとりに立ったのは
いつの事であるか
自分ではわからないのである
たしかに あじさいの花がそこに
咲いていたことだけは覚えている
うす暗く かき曇った空の下で
その花を私は見ていた
そして 潮に足を濡らしている私は
焼き付くような太陽の光りが降りそそいでいる海の遠くを
今は眺めている
その池は どこにあったのかも私は思い出せない
私の頭の中の記憶の森の中にだけあるのかもしれない
けれども たしかに私は立っていたのだ
その池のほとりに
そして今は 海辺の砂浜を歩いているのだ
この不可思議な 現実の明るさと暗さの対比に
私の思弁は耐えられそうにもないのだ
高橋新吉
「高橋新吉詩集」所収
1952