1
エスカレーターがめずらしかったころ
ぞうりをぬいで
白い足袋すがたになり
きぜんとして
エスカレーターのなかへ消えていった
おばさんをみたことがあります
ぞうりはぬぎすててあったように
記憶しています
でも、そんなことはないでしょうね
ぞうりをしっかり手にもって
暗いエスカレーター上の人となり
ななめうえの世界へ
すがたを消したのにちがいありません
エスカレーターがめずらしかったころ
それはたいてい暗いところにありました
とくにフロアーから
フロアーへ
くぐりぬけるときは
まっくらになります
あの恐さをいまでも忘れることができません
エスカレーター教育ということばがあります
知っていますか
エスカレーターには
くだりもあるのですよ
2
エスカレーターは
やがて終点に来ます
われわれの身をのせているてっぱんが
いちまいいちまい
フロアーにすいこまれてゆきます
ふと
人生の「終点」を思うのです
いつまでもあのてっぱんにのっていると
どうなりますか
われわれの身は
フロアーのすきまにすいこまれて
うらがわ
知らない世界へ行ってしまうのかも知れません
エスカレーターの夢を
見たことはありませんか
らせん状になっていることもあれば
おどりばで
くるりとむきをかえて
こちらへ向かってくることもあります
「おどりば」って
人生を感じませんか
エスカレーターのてっぱんは
ほんとうのことをいうと
機械のうらがわをくぐって
また「出発点」にでてくるのですね
藤井貞和
「ピューリファイ!」所収
1984
「エスカレーター」は藤井さんの許諾をいただいた上で掲載しております。
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