ふりむくとき
古い機織部屋が見える。
(あれは、おかあさんの機織部屋)
ふりむくとき
機を織る音がきこえる。
(あの部屋で、おかあさんが機を織っていた)
ふりむくとき
古い大きな屋敷が見える。畑が見える。山が見える。
(あれは おかあさんの 生れた家 生れた村。)
ふりむくとき
鐘の音がきこえる。
(あれは 三十年前の夕暮れ 時は連続し このように不連続)
ふりむくとき
海辺の山が見える。
(あそこには おかあさんの墓がある。)
ふりむくとき
波の音がきこえる。
(あそこで おかあさんと貝がらを ひろった)
ふりむくな、ふりむくな
無量の愛をうちにしたときに、別れを告げよう。
(わたしたちは前へ すすまなければ ならないから)
大江満雄
「機械の呼吸」所収
1955