病弱な小さい娘が育つように と
後家になりたての若い女は
笠森稲荷へ生涯のお団子を断った
神仏を信じるには
神仏にそむかれすぎた母が
その故に迷信を一切きらった母が
「断ちもの」をしたということに
娘はいつも重い愛情の負い目を感じてきた
串がなくとも丸いアンコの菓子に
「××団子」とうたってあれば
老いても女はかたくなにそれを拒んだ
「約束は守るためにするもの」
せっぱつまった愚かな母の愛を
賢い人間の信条が芋刺しにして
女の幸うすい一生は閉じられた
毎月十七日
娘は母の命日に必らずお団子を供えるのだ
義理固かったお母さん
あなたはいろいろな約束を守りすぎて
身動きの出来ない人生を送りましたね
でも もう みんなおしまい
あなたを苦しめぬいた人間の約束事は
人間でなくなったあなたには無用のもの
さあ 一生涯分お団子を食べて!
明治の女の律気なあわれさ
娘は片はしからお団子をほほばっては
親のカタキ 親のカタキ と
とめどのない涙をながしつづけた
山下千江
「山下千江詩集」所収
1967