序詩

思ひ出は首すぢの赤い蛍の
午後のおぼつかない触覚のやうに、
ふうわりと青みを帯びた
光るとも見えぬ光?

あるひはほのかな穀物の花か、
落穂ひろひの小唄か、
暖かい酒倉の南で
ひきむしる鳩の毛の白いほめき?

音色ならば笛の類、
蟾蜍の啼く
医師の薬のなつかしい晩、
薄らあかりに吹いているハーモニカ。

匂ならば天鵞絨、
骨牌の女王の眼、
道化たピエローの面の
なにかしらさみしい感じ。

放埓の日のやうにつらからず、
熱病のあかるい痛みもないやうで
それでゐて暮春のやうにやはらかい
思ひ出か、ただし、わが秋の中古伝説(レヂェンド)?

北原白秋
思ひ出」所収
1911

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