浅春偶語

    「物象詩集」の著者丸山薫君はわが二十余年来の詩友なり、この日
    新著を贈られてこれを繙くに感慨はたもだす能わず、乃ち

友よ われら二十年も詩を書いて
已にわれらの生涯も こんなに年をとつてしまつた

友よ 詩のさかえぬ国にあつて
われらながく貧しい詩を書きつづけた

孤独や失意や貧乏や 日々に消え去る空想や
ああながく われら二十年もそれをうたつた

われらは辛抱づよかつた
そうしてわれらも年をとつた

われらの後に 今は何が残されたか
問うをやめよ 今はまだ背後を顧みる時ではない

悲哀と歎きで われらは己にいつぱいだ
それは船を沈ませる このうえ積荷を重くするな

われら妙な時代に生きて
妙な風に暮したものだ

そうしてわれらの生涯も おいおい日暮に近づいた
友よ われら二十年も詩を書いて

詩のなげきで年をとつた ではまた
気をつけたまえ 友よ 近ごろは酒もわるい!

三好達治
一点鐘」所収
1941

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