汽車 一

だれが人の足を踏みたいか
だがおれたちはぎりぎりと踏んだ
靴と薄歯とで
はつとするほどほかの足を踏んだ
そしてきんきん踏まれた
おれたちのからだが人波にもまれて失われそうだつた

おれたちはおれたちのからだを人波のなかからもぎ取らねばならなかつた
おれたちは手荷物にしがみついた
おれたちは切符を握りつぶした
子供の泣き声がおれたちの股の下から叫んだ
女の頭がおれたちの鼻さきでばさばさになった
だれが人の足を踏みたいか
だがおれたちはむちやむちやに踏んだ
踏んでも下が見られなかつた
顔をねじむけることができなかつた
おれたちはからだを浮きあがらせたかつた
おれたちは浮きあがらなかつた
地面にすきまがなかつた
無数の足がくつついていた
おれたちはぎりぎりと踏んだ
いつでもぎりぎりと

中野重治
中野重治詩集」所収
1935

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください