襤褸(ぼろ)

悲しい叫びが起つた
仰天して窓は地上に砕けた
頭髪を乱した洋燈が街路を駆けてゐた

私の喉に
泥沼のごとく狼の咬傷は開いた
そこから赤い夜は始まつた

私の眼は地上に落ちた
それは孤独の星であつた
私はもはや石灰の中に私を探さない
私はもはや私に出遇はない
私の行くところ
到るところ襤褸は立ち上がる

 ★

かつて唇に庭園はあつた
かつて石に涙の秩序はあつた
笑ひは空井戸の底に
倦怠は屋根にあつた
呼吸しない広場で
風の歌が鳴つてゐた
私のゐるとき
それはいつでも夜であつた
睡眠は壁の中に
星は卓子の上にゐた

富士原清一
「富士原清一詩集 魔法書或は我が祖先の宇宙学」所収
1944

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