大砲を撃つ

わたしはびらびらした外套をきて

草むらの中から大砲を引き出してゐる。

なにを撃たうといふでもない

わたしのはらわたのなかに火薬をつめ

ひきがえるのやうにむつくりとふくれてゐよう。

さうしてほら貝みたいな瞳だまをひらき

まつ青な顔をして

かうばうたる海や陸地をながめてゐるのさ。

この辺のやつらにつきあひもなく

どうせろくでもない貝肉のばけものぐらゐにみえるだらうよ。

のらくら息子のわたしの部屋には

春さきののどかな光もささず

陰鬱な寝床のなかにごろごろとねころんでゐる。

わたしをののしりわらふ世間のこゑごゑ

だれひとりきてなぐさめてくれるものもなく

やさしい婦人のうたごゑもきこえはしない。

それゆゑ私の瞳だまはますますひらいて

へんにとうめいなる硝子玉になつてしまつた。

なにを喰べようといふでもない

妄想のはらわたに火薬をつめこみ

さびしい野原に古ぼけた大砲をひきずりだして

どおぼん どおぼんとうつてゐようよ

 

萩原朔太郎

青猫」所収

1923

 

One comment on “大砲を撃つ

  1. 日本の現代詩の中で、これだけ素敵な詩はそうありはしない。なんと言ってもこの疎外感の詩的表現は、私が一番目指したい詩の表現でもある。

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