未婚の妹

昨日
ペルシャが死んだ
そういった季節が近づいていると私には分かっていたが、ペルシャは気丈に振る舞っていた。ある日、天鵞絨の鱗が点々と落ちているのをみつけ追いかけてみると、大きな珊瑚礁の裏で、小指だけ腐らせて死んでいた。

焼けた骨の前でたくさんの女たちが列をつくり誰かの対岸であり続けた。砂浜のように広がった骨に無数の鱗が混ざっている。前に並んでいた、背の低い女はそれを一枚つまみあげ、舌で粉をぬぐうと、蛍光灯に透かしてみせた。
「彼の瞳の色と全く同じね」
「はあ」
「私、ペルシャの鱗がずっと欲しかったの。他人の鱗って、なかなか拾えるものじゃないでしょ。自分の鱗なんかはシャワー浴びると排水口にいやというほど溜まってくるけど。でもそれって、彼の瞳が欲しいだけだったのかもしれない」
女は、長い爪をジェルで磨きあげていた。
「あなたが一番はじめにペルシャの死体を見つけたんでしょ」
「そうです」
「私だったら、目玉をひとつ、持って帰る。いや、色のついたところだけ少し削って、あとはそのままにしておく。誰にも気づかれないように」
「目玉以外は、いらないんですか」
「うん。だって私、ペルシャの目玉が炎の熱でぞんざいに燃えてゆくことを思うとどきどきして嬉しくなる。瞳が好きだからって、ペルシャの全部を好きになる必要なんてないじゃない」
女たちは泣くこともなく
淡々と作業を進めていった
やがて、私の番になった
はしで小さな骨をつかみ、
妹がまたそれをつかむ
ペルシャの骨を運ぶ妹のことを
細い糸で絡め取るように女たちは眺めた
それをはねのけるように妹は、
「私がペルシャのかわりをしなきゃいけないってことでしょ」
と言う
大きい骨を納め終わると
どこからかぬるい女がやってきて
ホームセンターで売っているような
灰色のちりとりで粉まで壷に収めた
(シーシーシー)
(鱗が骨にぶつかる音)

妹はすべてわかっていたようだった
妹は私より二週間も遅く生まれたが、気がつけばペルシャの次に身体が大きかった。
それでも私は、妹は、ずっと、妹であるものと思い込んでいた。
「お姉ちゃん、不安なの」
「いや」
「わかるよ。ペルシャって、みんなからばかにされていたものね。みんなペルシャのこと、大好きだったのに。でも大好きだったからばかにするんだよ、怖いし悲しいから」
「おまえはばかにされないよ」
「いや。お姉ちゃんは私のこと、怖くなるんだわ」
妹は妙に疑り深いところがあった
そのくせすぐあきらめたような
哀しい受容のしかたをする
「ペルシャにね、一度だけ家に招待されたことがある。そこで、いろいろ話したの。今の身体になる前の話とか。帰り際、指で剥きたてのざくろをねじこまれた。唇がつぶれて、赤く腫れたよ。その時から、もうずっと、今日のことばっかり考えてた」
「知らなかった」
そう答えると
何かを思い出そうとして唇に触れた
「私たちのパパも、昔は女だったんだわ」

妹は私のとなりで初潮をむかえた
その訪れさえも
妹は知っているように思えた
「赤いかな」
「わからない、暗いから」
「ああ。朝が来るのがこわくなった」
妹の鱗が息するように蠢いた
「私、青い血が流れている生き物をしっている。みんな子どもを残さないの、闇から生まれて、闇に還るから。私もそうだったらいいのにってずっと願ってた。青いといいな」
妹は水浴びをしに布団を抜け出す
シーツを洗ってやる
(しかし
私のからだの
まっくらなところを流れているその血は
果たして
赤い色をしているのだろうか)

家に帰ると、妹は荷物の整理をはじめた
「無くなっちゃうんだね」
「何が」
「子宮とか」
「・・・・そうだね」
「とっておくことってできないかな」
「腹を切るってこと」
「そうじゃなくて」
もどかしそうな顔をする
「ペルシャはすっかり、子宮のことなんて忘れてしまっていた。だってペルシャが働かなければ私たちは殖えてゆかないから。でも私、きっと男になっても忘れないわ。なにもかも、全部忘れない。悲しいことも全部。それにペルシャの子宮、焼け残ってた。残ってたの」
「そう」
妹は葬式の後に何を言うか
ずっと前から考えていたのだろう
「私が燃えるまで、あなた死んだらだめだからね。見てよ、確かめて」
(だからそれまでお姉ちゃんの子宮二人で大事にしよう。私はずっとあなたの妹でいたいだけだから)

久しぶりに布団を並べて二人で寝た
妹は私の布団にもぐりこむと
私の腹に両腕をまわし
ぴったりと背中に額をつけて言った
「お姉ちゃん約束して」
「なに」
「朝が来るまで、振り向いちゃだめよ」
「うん」
「でもずっとそこにはいて」
「わかった」
ペルシャのこどもはペルシャの鱗の数よりも多く今も街中にあふれてゆき、私はどんどん小さくなる、瞼をおろせば私は橋の上に立っている、妹の名前を呼ぶ、私は妹がざくろを食べたことを知っていたような気がした。夢で見たのだ、その時は私が食べさせた、鶴が、琴を持った男が、思い出が、妹の子宮が、河を流れてゆく

私のとなりで
女がうまれて女が死んで
男がしんで男が産まれて
妹がうまれて妹が死んで
弟がしんで弟が産まれて
私がうまれて
私だけがうまれ続けて

水沢なお
現代詩手帖2016年1月号初出
2016

2 comments on “未婚の妹

  1. 「未婚の妹」は水沢なおさんの許諾をいただいた上で掲載しております。
    無断転載はご遠慮ください。

    この詩を読んで興味を持たれた方は下記も参照ください。

    水沢なおTwitter
    @mizusawanao

    水沢なおブログ「二十歳の詩人の日記」
    http://mizusawanao.hatenablog.com/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください